コラム“2019年10月”

HAMAMATSU WOMEN'S OPEN / COLUMN / 2019年10月

ワイルドカード選手権 ベスト4進出者たちの、それぞれの戦い

内田 暁

去る9月23日と24日、浜松市の花川運動公園にて、浜松ウィメンズオープン本戦の出場1枠をかけた、ワイルドカード選手権が開催された。参戦選手は28名。試合は8ゲームの1セットマッチ方式で、初日に3回戦まで、翌24日に準決勝と決勝が行われた。そのワイルドカード選手権で準決勝に進んだ4選手たちの、それぞれの想いに迫る。

澤柳璃子:1年ぶりの公式戦。保留していた進退の行方は――?

昨年のこの時期、澤柳は、自身の去就を“ペンディング”状態にしていた。

引退か、現役続行か――。

23歳の若すぎるその逡巡に、周囲の声は継続を望むそれが多数を占める。特に、「この大会の結果を踏まえて進退を考える」と公言していた全日本選手権で準優勝した時、これで彼女の心も、継続で決まったのではと思われた。

だが、ジュニア時代から将来を嘱望され、日本テニス協会の強化選手にも選ばれてきた澤柳には、プロとしてやる以上は、トップ100を目指すべきという明確な定義がある。全日本後、「果たして自分には、それだけの情熱や覚悟があるのか?」と自身に問いかけた時、確たる返事が返って来たとは言い難かった。

 

 今の彼女は、昨夏から始めた高校の男子テニス部コーチを続けながら、時にジュニア選手の遠征帯同をしたり、一般のテニス愛好家向けのクリニックなども行なっている。さらに今年7月からは、スポーツ用具メーカーのウイルソンに契約委託として就職し、ラケットのプロモートや試打会などを生活の主軸とした。

 その澤柳が今回のワイルドカード選手権に参戦したのは、昨年ベスト4に入った浜松オープンと、そして全日本選手権でもう一度、自分を試してみたいからだ。

 とはいえ、今回は自らの去就をかけて……というのでもない。

「指導している高校の生徒やジュニアたちに、モチベーションを与えたい」――。

それが、彼女にとっての一番のモチベーションでもある。

川岸七菜:悩んだ末に憧れのプロ転向を決意した19歳が、 直面する通過儀礼

澤柳と準決勝で戦い破れた川岸七菜は、昨年、大学進学かプロ転向かで悩みに悩んだ。

一度は、大学にも進学の意向を伝えたが、そこからさらに迷いは深まる。コーチたちの助言を聞き、自分自身でも何が一番やりたいかと考えた時、最後まで変わらず残っていたのは、子どもの頃から見た夢だ。

「5歳からテニスを始め、小学校3年生の頃には、プロテニスプレーヤーになりたいと思っていた」

 その夢を追うことに、今はもう迷いはない。

 プロのツアー下部大会には、今年から徐々に参戦し始めた。海外遠征は同期の友人と回ることが多く、国内なら一人のことも珍しくない。海外遠征では、共に転戦する友人の方が結果を残して、焦りを覚えた。国内大会は国内大会で、いつも母親と雑談をしながら見ているテレビ番組をホテルで一人見ている時、ふと孤独に襲われる。

 もちろんこれは、夢を追った者なら必ず、多かれ少なかれ経験する孤独と葛藤だ。駆け出しプロテニスプレーヤーの通過儀礼に、彼女は今、直面している。

斎藤唯&神鳥舞:いずれも進学。しかし進む道は異なる。それでも、目指す地点は同じ

ベスト4に勝ち進んだ斎藤唯と神鳥舞の二人は、いずれも早稲田実業の3年生。既に二人とも、早稲田大学への進学を決めている。

 神鳥が今回のWC予選の準々決勝で対戦したのは、その早稲田大学テニス部新キャプテンの、清水映里。清水は1年生時からエースとして活躍してきた、大学テニス界のトップ選手だ。

 その大先輩相手に神鳥は、左腕から繰り出すフォアで攻め勝った。終盤には、試合を決めるチャンスを逃し悔しがる場面もあったが、気持ちは引かなかった。「気持ちが下がるとプレーも消極的になる」という「私の悪いクセ」も、チャレンジャーとして向かうことで乗り切る。

 失うものなく、「楽しんでできた」がゆえの、殊勲の星だった。

 

その神鳥は、準決勝の朝に体調を崩して棄権したため、残念ながら斎藤との同期対決は実現せず。この二人は進学先こそ同じ早稲田大学だが、チームメイトとしてプレーする機会は無いかもしれない。なぜなら斎藤には、大学の体育会系でテニスをするつもりはないからだ。

「日本史が好き。それも、幕末時代が」という“歴女”の斎藤は、大学で勉強しながら、プロの大会に参戦していくつもりだという。この1年ほどはITF(国際テニス協会主催の国際大会)や、日本国内の賞金大会に参戦し、年長者相手に経験も積んできた。

プロ大会の参戦当初は、自分の持ち味である攻撃力が出せないままに負けることが多かった。なぜだろうと考えた時、コートに立つその前に、既に「気持ちで引けていた」ことに気がつく。序盤で大きく離され、落ち着いた頃には、もはや挽回不可能なまでに差は広がる……そんな試合を繰り返した。

その弱点を克服すべく、この夏頃からは、最初の1ポイント目からムリにでもガッツポーズを繰り出し、自らを盛り上げることを心がけた。あるいは時には、誰が相手だろうと淡々と、自分のペースを乱すことなく戦うことで、力を出せることもある。そのようなスタイルは、昨年の浜松オープン優勝者であり、同じ所属先の清水綾乃を見て学んだことでもあった。

「何かをつかんだ」

そんな手応えを携えて、斎藤は今回のワイルドカード選手権で決勝へと歩みを進めた。

澤柳vs斎藤。大会本戦への切符を手にしたのは……

斎藤が課題とし、克服しつつあると感じていた試合への入り方だが、経験豊富な澤柳も、その重要性を誰より深く理解していた。斎藤の強打を広い、スライスやロブなどの多彩な技を繰り出しながら、澤柳は主導権を掌握する。6ゲーム連取のスタートダッシュに成功した澤柳が、最後は豪快にスマッシュを叩き込み、本戦への切符を力強くつかみ取った。

 

約1年ぶりの試合を戦った澤柳は、翌朝に目が覚めた時には、「試合翌日独特の疲労感があった」と笑みをこぼす。それでもウォームアップの時には、全身を駆け巡るアドレナリンのためか、疲れはもう感じない。決勝戦では「ラリーも思ったよりできるじゃん!」と、自分のプレーに嬉しい驚きを覚えてもいた。

 

今の自分に、全盛期と比べて足りないものがあるとすれば、それは「フィジカル」だと彼女は言う。一方で技術面に関しては、落ちたという感じはない。むしろフォアは、「前より当たりが良くなっている」と感じるほどだ。

それはなぜか……と考えた時、クリニックや試打会でジュニアや愛好家相手に打つ時には、自分の持ち味であったスピンの効いたボールは、抑えていたことに思い至る。そうしている内に、スピンと、ボールをクリーンに打ち抜く感覚のほど良いバランスを、見つけることができたのだった。

今の彼女は、競技テニスから距離を置いたことで獲得した新しい視座と、新たな武器すら携えている。

「全てのポイントが楽しめてるし、下手くそな自分も受け入れられている」という澤柳が、浜松オープン本戦のステージに戻ってくる。

著者|内田 暁 写真|てらおよしのぶ

 

著者

内田 暁
浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター|編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。