コラム“仕事人紹介”

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仕事人紹介:トレーナー

内田 暁

■2019年大会“仕事人”紹介②:トレーナー■

 普段はクラブの会員たちが使うロッカールームに、浜松オープン期間中は、汗と薬品の匂いが入り交じった、独特の熱気が立ち込める。
 
 選手がマッサージや治療を受けに来る、トレーナールーム――。

 それは、試合という幾つもの戦いが繰り広げられる大会会場において、文字通り“癒やしと回復”の空間である。

 常時4人のトレーナーたちが控えるこのトレーナールームで、ひときわ若く長身で目を引くのが、今年25歳を迎えた鈴木歩。彼も言ってみれば、この大会で育ってきた人材だ。

 「とにかくテニスが、そしてトレーナーという仕事が大好きなんです」
 
 いつもは言葉数の少ない彼が、仕事の話をし始めると、途端に目が輝き饒舌になる。
 浜松市立高校テニス部でキャプテンとして活躍した鈴木の夢は、テニスの最高峰である、グランドスラムに行くことだった。だが、ケガなどもありプレーヤーとして行くのは難しいと悟った時、ならば、選手をサポートする立場で目指せないかと考える。

 コーチになるか、あるいは、スポーツ用具メーカーに務めるか……。

 そのように選択肢に思いを巡らした彼には、幸いにもすぐ身近に、文字通りテニスの“世界”を知る人物が居た。高校テニス部のトレーナーを努めていた今泉智仁は、トップ選手たちにその腕を請われ、数多くの国際大会やグランドスラムにも帯同していたその道の第一人者だったのだ。
 「トモさん(今泉)に出会って、こういう仕事もあるんだなと思った」という鈴木は、高校卒業後は専門学校に通いつつ、今泉の下に「弟子入り」する。あまり多くは語らず、「俺のやることを見て、なんでも盗め」と言う今泉の動きをつぶさに観察し、彼の鍼やマッサージの技のみならず、どのように選手とコミュニケーションを取っているかにも目を凝らした。様々な大会会場へと連れていってもらっては、憧れのトップ選手や多くの関係者たちと、交流する機会も得る。
 「ちゃんと挨拶をしろ」「しっかり自分の顔を売ってこい」
 それらの教えも胸に刻みながら、まだ学生の身分ながら新弟子トレーナーとして、現場で貴重な経験を積んでいく。
「ありがとうございます!」「お陰で痛みが消えました」
 それら感謝の言葉と明るい笑顔が、何にも代えがたい最大の報酬だ。
 
若くして現場で経験を積んでいくと、長く見ている選手ほど、身体のクセや筋肉の質も分かってくる。そうなれば身体を触った瞬間に、今はどこが痛く、どのような打ち方をしているかまでが見えるようになっていった。
その原因はどこにあり、どのような治療をほどこせば治るのか……? 
 それを見極めるプロセスは、パズルを解くようなものだと鈴木は言う。
「人の身体は、パズルのようなもの。関節や筋肉は決まった方向にしか動かない。だから結果=痛みを理論的に遡っていけば、必ず原因がわかるんです」
長駆をぐっと乗り出して、鈴木は、端正な顔を一層輝かせた。
 いかに選手の信用を勝ち得るかは、この原因究明をどれだけ正確かつ迅速にできるかで決まってくる――。
 これも鈴木が、師の今泉を観察するなかで見つけた、トレーナー業の精髄だ。

 かつてはグランドスラムなどの大舞台に憧れた鈴木だが、今はむしろ、苦労している選手たちを支えていきたいと言う。
 パズルを解くための、探求の旅は深く尽きない。
 その答えの先には、「ありがとう」と最高の笑顔が待っている。
 
(ライター 内田暁)

※写真は、見習いも含めたトレーナーの面々。後列一番右が今泉、その左が鈴木。

著者

内田 暁
浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター|編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。
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