コラム“内田 暁”

HAMAMATSU WOMEN'S OPEN / COLUMN / 内田 暁

■2021年大会“仕事人”紹介②:大会レフェリー(スーパーバイザー)【前編】■

内田 暁

 
 この大会を訪れる選手のほとんどが、「本当にお世話になりました」、もしくは現在進行形で「なっています」と感謝の言葉を口にし、再会を楽しみにする人物がいる。
 彼女の名は、松野えるだ。
 大会本部の一番奥の席に座し、会場に居る間は、トランシーバーを片時も離さない。
 肩書は、“大会スーパーバイザー”、もしくは“レフェリー”。
 ただ、それら物々しい名称とは裏腹に、選手やスタッフからも「えるださん」と呼ばれ、その名を口にする時、誰もが柔らかな表情になる。
 テニスの大会開催に欠かせない“スーパーバイザー/レフェリー”とは、どのような役割を果たしているのか? “えるださん”に伺った。
——まず“スーパーバイザー”のお仕事とは何か、教えて頂けますでしょうか?
えるだ:日本の国内大会には“スーパーバイザー”というポジションはないので、今大会でのわたしは“レフェリー”というポジションで働いています。大会運営には色々な要素がありますが、競技に関する責任者がレフェリーです。
 ITF(国際テニス連盟)の大会では“スーパーバイザー”という肩書になります。これはレフェリーの仕事に加え、トーナメントディレクターと相談しながら、大会が成功するように盛り上げるお仕事になります。競技の責任を取るのはレフェリーと同じで、コート内外で起きる、競技に関するいろいろな問題を解決する。
 さらには、トーナメントディレクターのアイディアのご相談にのって、それは選手にとってルール上良いかどうかのアドバイスをすることだと思います。
——テニスの試合で雨が降った時に、スーパーバイザーが試合を続行するか否かを判断するためにコート上に出てくる場面を目にします。それ以外には具体的に、どのようなことをされるのでしょう?
えるだ:主なお仕事は、ドローを作ること、そして毎日の試合スケジュールを組むことです。スケジュールは、各大会の会場のレイアウトやコートを借りられる時間などを把握し、どの程度の面数を試合や練習、場合によってはレッスン会などのイベントに使えるかを事前にディレクターと話し合い、凡そのスケジュールを事前に組んでおくことも大切です。
 実際に競技が始まったら、進行状況を見て試合コートを変えた方が良かったら変えますし、試合中のトラブル、リクエスト、ケガなどの対応が主になってきます。
——トーナメントディレクターとの密な連携や信頼関係が重要になりそうですね。
えるだ:そうですね。大会によって、ディレクターが抱く「こういう大会にしたい」という要望がありますよね。それが実現できたら双方にとって良いことだし、選手もハッピーになります。ですから、ディレクターがどういうことをしたいのかということを見ながら、ルールの範囲で実現できるように考えています。
——その意味では、この浜松大会のカラーをどう感じていらっしゃいますか?
えるだ:選手とディレクターが、凄く近い感じがします。それにお客様のこと、イベントのこと……とにかく、この大会を見に来て下さる方が喜ぶように考えているのを、すごく感じます。
 試合の雰囲気も、ここはリゾート地なので、選手もリラックスできる好条件だと思います。選手にとっては、練習コートが十分にあってホテルが会場に近く、食事も美味しいのは心地よい条件だと思いますし、それがすべてそろっている大会だと思います。
——えるださんが大会等に行くときは、事前にどのような準備をしますか?
えるだ:選手はその大会だけでなく、続けて流れで出場します。試合が続いている場合はケガをしていたり、ケガまでいかなくても疲れていたりするので、その点はすごく気になります。
 国内大会でしたら、わたしの方でも大体の状況がつかめるのですが、海外から移動してくる選手が多い大会の場合は、選手がいつのフライトで到着し、先週は何日まで試合をしていたかなども知ることが必要です。前週の大会のスーパーバイザーから、選手のケガやリタイアの情報はすべて来るので、そういう選手はこちらに着いたら、トレーナーさんのチェックを受けて、「回復したから試合に出られますよ」、「まだ難しいですよ」という確認をすることも決まりになっています。
 それから、決勝戦まで残っていた選手が翌週も大会に出る場合は、次の大会のスーパーバイザーに「火曜日や水曜日に試合が組めませんか」とお願いすることもあります。自分の大会から次に移動する選手のケアも大切ですので、「次はどこいくの? フライトはいつ? 次の大会のスーパーバイザーに伝えることやリクエストはある?」ということは必ず聞くようにしています。
——お話を伺っていると、本当にコミュニケーションが大切なポジションですね。
えるだ:そうですね。その大会のトーナメントディレクターがどのような方で、どんなことを考えてらっしゃるかなというのが分かった方が、やりやすい。初めての大会だと、コートの状況も分からないし、選手も分からないので難しさがあります。
 海外の大会ですと、ホテルの場所がちょっと不便だったり、食べ物で苦労する選手もいたりしますので、そのような点もディレクターの方とお話をしたり、問題があると感じたら大会レポートに書いたりします。
——どのレフェリーやスーパーバイザーがどの大会に行くかは、どのように決まるのでしょう?
えるだ:日本で開催される国際大会の場合は、国内で国際レフェリーの資格がある人に、まず連絡がきます。そこで人手が足りない分は、海外の方を呼んでということになります。
——大会のグレードによって、必要な資格も変わるのですか?
えるだ:はい。今はITFが定めているレフェリーの資格があり、ホワイトが初級、その上にブロンズ、シルバー、ゴールドとなります。国際大会のレフェリーができるのはブロンズ以上。ホワイトは、ITFのジュニア大会とベテラン大会、ウィルチェア、ビーチテニスのレフェリーができるんです。ただそれらの中でも一番グレードの高い大会の場合は、国際の資格を持っている人でないとできないんです。今年は日本でもITFジュニアが開催されていますが、コロナ禍の関係で大会グレードが下がっているので、ホワイトバッジでもレフェリーができるようになっています。
——大会のカテゴリーやグレードによって、多くのスーパーバイザーやレフェリーの方が活躍されているんですね。
えるだ:ATPやWTAには、年間を通して雇っているスーパーバイザーがいるんです。グランドスラムはグランドスラムで、また各大会ごとにスーパーバイザーが居ます。そして大会開催時には他のグランドスラムのスーパーバイザーが、“アシスタント・スーパーバイザー”を務めるんです。
 ITFの大会は、スーパーバイザーとレフェリーは兼任ですが、WTAツアーですと、それぞれ居るんです。
 日本で行われるWTAの大会……例えば、広島のジャパンウィメンズオープンですと、スーパーバイザーはWTAが年間で雇っている方がいらして、わたしがレフェリーを務めました。実際にコートからコートへと走り回って、選手に「あなたとあなたは、はい、ここに行きますよ」とやるのがわたしの仕事。
 レフェリーの資格は世界で統一されていますが、大会のグレードや運営団体によっても決まりは異なりますし、みなさん、得意分野や、やり方もある。世界中のいろんな場所で、それぞれ頑張ってやっています。
※言葉の一つひとつが温かく、なおかつ的確で鋭い。皆から慕われるゆえんが、全身からにじみ出るような、えるださん。インタビューの間にもトランシーバーがひっきりなしに鳴り、そのたびにコートへと駆け足で馳せ参じては、“大岡裁き”よろしく、もめごと等を解決していった。
 インタビューの【後編】では、そんな松野えるださんがレフェリーになった経緯をお届けします。

著者

内田 暁
浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター|編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。