■マッチレポート:2回戦 齋藤咲良 7-5,6-4 木下晴結 『出会いから10年――。19歳の”プロ初対戦”』■

 二人が最後に対戦してから、3年の年月が流れていた――。

 齋藤咲良と木下晴結は、ともに2006年生まれ。しかも齋藤は10月3日、木下は10月27日と、誕生日も3週間ほど離れているだけだ。二人はジュニア時代から、日本代表のチームメイトとして多くの国際大会を戦い、ダブルスを組み、幾度も大舞台で勝利を勝ち取ってきた盟友。そんな二人が、浜松ウイメンズオープン2回戦で対戦。それは“プロ”としての、初対戦でもあった。

 齋藤と木下の出会いは、まだ二人が9歳の時。韓国国際ジュニアという、10歳以下の大会に参戦した時だった。齋藤は群馬県で生まれ育ち、木下は大阪出身。一般的に小学校低学年の頃は、活動地域が異なると、顔を合わせる機会は少ない。それでも齋藤と木下は、各々の地域予選を勝ち抜いたため、日本代表として出会う。二人の足跡はまだ幼いキャリアの始まりで、世界へと続く道で重なった。

 国際大会の記録として残る両者の対戦は、過去3回。一度は松山市のジュニア大会で、勝者は齋藤。二度目は三木市で、木下がリベンジを果たした。そして最後が、2022年の大阪市長杯スーパージュニア。対戦のステージは準決勝で、齋藤が6-3,6-1で快勝している。

 この3年前のスコアが象徴するように、ジュニアからプロへの移行期で、先に結果を出したのは齋藤だ。翌2023年5月には、齋藤はジュニアランキング世界2位に到達。2024年2月にはジュニアを完全卒業し、以降は“大人”のプロ大会へと照準を絞った。その後の足取りも軽く、2024年末には150位を記録。グランドスラム予選に参戦し、WTAツアーのジャパンオープンでもベスト8へと勝ち上がった。

 齋藤が快進撃を見せはじめたその頃、木下は「自分が止まっているような感じがした」という。拠点とした京都府のLYNXテニスアカデミーはジュニア強化が中心のため、自分が一番強くなる。

「これはやっぱり、環境を変える時なんやな……」

 地元を離れ、一人暮らしを始めることに不安を覚えつつも、成長への渇望が全てを上回る。新たな拠点は、元世界24位の神尾米氏率いるTeam Rise。トライアウトで訪れた時、その雰囲気や与えてもらった助言の的確さに、「速攻で決めた」という。

 新拠点で力を入れてきたのは、まずはフィジカル強化。筋力を上げ、フットワークを磨き、それらをテニスに連動させていく。大会期間中もトレーナー帯同のもとにトレーニングを重ね、目指す「ストロークで粘りつつ前に出ていくテニス」を、計画的に構築していった。

 一方の齋藤は、今年(2025年)序盤は苦しい時を送っていた。

テニスのランキングポイントは、獲得から一年経つと消失する。つまり、躍進の過去は一年後には、ランキングが落ちる恐怖として選手に迫る。齋藤も今季が始まった頃は、「焦りがあった」ことを認める。ランキングを守りたいとの思いから、出場大会数も増やした。だが、上がった地位に伴い出る大会のレベルも上がった中で、そう簡単に勝利は得られない。序盤敗退が続くと、試合勘も自信も薄れていく。「試合を重ねるごとに調子が上がるタイプ」という齋藤にしてみれば、エンジンが掛かる前に大会会場を去るもどかしい日々が続いた。

「技術は落ちていない。テニス自体は去年より上がっている。もう一度、自信を取り戻したい」

 明確なその狙いのもとに出場したのが、先週のITF W35の牧之原大会。そこで単複優勝を果たし、勢いをつけ駆け込んできたのが、初出場の今大会だった。

 齋藤は、一時より落ちたランキングを再び駆け上がる最中。対する木下は、新拠点での積み重ねが徐々に結実し、先月キャリア最高位の443位に到達したばかり。

それぞれが異なる順路を辿ってきた中で、二人の足跡は3年ぶりに、浜松で交錯した。

齋藤との対戦が決まった時、木下は「すごい、楽しみ!」と顔をほころばせ声を弾ませた。同期ではあるが、今の立場的には、木下は挑戦者。そのような心の持ち様は、試合序盤からプレーに反映される。跳ねるボールで、齋藤のバックの高いところを狙う。浅いボールをスライスで返し、そのままネットに詰めてボレーを決める。多彩な木下のプレーに、苛立ちを見せたのは齋藤の方だった。

 久々の同期対決を、齋藤は「最初は、意識していた」と認める。

「前よりも、ハユちゃんの守備力が上がっている。いつもなら決まるショットが返ってくる」

 3年前のイメージと異なる現実が、焦りを生んだだろうか。“らしくない”ミスもあり、ブレークを許した序盤戦。

 ただ試合が進めば純粋に、目の前のボールへと集中していく。

「フォアハンドで作り、ストレートに展開する組み立ては上手くいっている。自分の方が、コートの中に入って打っていけている」

 自分のポイントパターンへの手応えを深めた齋藤が、終盤の競り合いを抜け出し、第1セットを奪った。

 第2セットに入った時、木下は自分のエネルギーの低下を感じていたという。齋藤の強打に押される場面が増え、ゲームカウントは1-4に。

 ただ劣勢になりながらも、木下は、「サラちゃんとの試合は、楽しい!」と感じていた。

「安定感あるサラちゃんを、どう崩していくか? どう攻略するか考えながら試合するのは、すごく楽しかった」というのだ。

 木下が抱いた高揚感は、プレーにも現れる。スライスを打つと前に出て、齋藤の強打をラケットの先でとらえてネット際に柔らかく落とす。守から攻への大胆なトランジション。二手三手先まで考えているだろう組み立て。木下が抱いた楽しさは、観る人々へも伝播した。

 結果的には第2セットも、齋藤が木下の追撃を振り切り勝利へと駆け込む。それでも木下は、「今日の試合は、前より手応えがあった。メチャメチャ悔しいけど、やっていることはあっていた」と、自分の言葉にうなずいた。

 

「サラちゃんは、いつも先を行っている。いつか超えていきたい存在」

 やわらかく響く関西弁の声色に、強い決意がはんなり滲む。

「わたし的には、サラちゃんに『優勝してくれ!』って感じです」

 それはライバルにして友人に送る、これ以上にないエールだ。

木下晴結

齋藤咲良


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