シングルス決勝 〇山口芽生 4-6,5-3 ret.伊藤あおい 

「自分のやるべきことを、やりきる」——。

 それが今大会の序盤から、山口芽生が、口にしてきた言葉だった。

 この秋はWTAツアー大会にも立て続けに出場し、「ずっとこのレベルで周れたら、最高だな」との思いを強く抱いた。そのステージに立ったからこそ、明確になった目標と、肌身で知ったツアーの空気。そこに戻るためにも彼女が欲したのは、今大会の優勝で手に入る“35のランキングポイント”と、“ツアーレベルでも通用するテニス“の実践。脇目もふれず決勝へと駆け上がった山口が、頂上決戦で当たった伊藤あおいは、彼女のテーマを完遂するうえでも格好の相手だったろう。

 決勝の舞台に向かう山口が、掲げた策は、シンプルだった。

「(伊藤)あおいちゃんの変則的なプレーに、付き合わない。自分も駆け引きをしたいという思いが出てくるなかでも、強い気持ちでどんどん打っていく」

 スライスやドロップショットを多用する伊藤と相対すると、ともすると自分も、策を弄したくなりがちだ。だがそうなれば、逆に伊藤の術中にはまる。だからこそ山口は、ポイント間もネットの向こうには目を向けず、自分と対話するようにラケットのストリング等を見つめ、集中力を高めていった。

 結果から先に明かすなら、決勝戦は伊藤の途中棄権により、山口が勝利を手にした。第1セット3-2のゲームで伊藤が転倒し、その際に不運にも、頭部がラケットに当たり裂傷。治療後に血は止まり、脳しんとう等の症状もなかったため伊藤はプレーを続けたが、第2セットで山口がブレークし5-3となった場面で、伊藤が棄権を申し出た。

 多くの観客も詰めかけた決勝戦が、このような形で終わってしまったのは当然ながら残念であり、伊藤の早期回復が望まれるのは言うまでもない。ただ、この結末により山口の勝利の価値が棄損される訳では、決してない。

 その思いは、試合中に山口が行なった自己分析とプレー修正を知った時、なおのこと強まる。

「最初はミスが多かったんですが、それは、ボールに対してちゃんと走り切ってから、打てていなかったから。戻ることを考えて打っていたので、一段ギアを上げて、自分からポイントを取りにいく姿勢に変えられたことが、良かったなと思います」

 山口のこの言葉が、何を意味するのか? 背景も含め説明するなら、次のようになるだろう。

 伊藤が転倒したことに象徴されるように、砂入り人工芝は足元が滑りやすい。加えて伊藤は、相手の動きの逆をつく名手だ。そのためどうしても、“次の動き”を考えて、ボールを追いつつも走るスピードを緩めたり、反対方向に走る準備をしがちだ。

 ただ、先々へと向かうその心が、今、目の前のボールを全力で打てていない要因だと気付く。だから中盤からは、たとえ打った後の戻りが遅くなろうとも、最後まで走りきり、万全の体勢で打つことを心がけた。その結果、オープンコートにウイナーを決められようとも、仕方ないと割り切る。そのような気持と身体の微調整こそが、山口の勝利の背景にあった。

 今大会で、狙った35ポイントを得たことで、山口のランキングは300位を切ることがほぼ確定。当面の目標とするグランドスラム予選出場圏内……、すなわち100位台も視野に入ってきた。

 「年末に出る高崎(ITF W100)と横浜(ITF W50)の2大会、そして来年初旬に出る6大会の計8大会で、グランドスラム予選に出られるランキングには、絶対に上げていきたい。毎週コンスタントに結果を出し、一年中、グランドスラムに出られる位置に付けたいなと思います」

 それが今の、山口が見据える地点。

 試合中のプラン、大会全体を通した狙い、そしてキャリアでの目的地——。それらいずれの視座からも、「自分のやるべきこと」をやりきったがゆえの、浜松の新チャンピオン誕生だった。

© hwopen.jp / photo: Yoshiteru Nagahama