■2019年大会注目選手紹介①:下地奈緒■

 久々に訪れた浜松オープンの会場は、彼女にとって、矛盾を抱えた思い出の地だ。

 3年前に出場した時、彼女はまだ、沖縄尚学高校の3年生だった。インターハイでのダブルス優勝が評価され、ワイルドカードを得ての参戦。その時、パートナーや大会スタッフと共に会場近くのマンションに“下宿”した日々は、楽しく刺激的な記憶として、その後も彼女の心で温かな光を放つ。
 「私の所属先は、“プリオール○○○号室”です」
 早稲田大学進学後も、滞在したマンションの部屋番号を口にして、大会関係者たちを柔らかな気持ちにさせていた。

 同時に大学生になった今、彼女にとってこの大会の予選は、居るはずではない場所でもある。
 大学の最高峰を決める“全日本大学対抗テニス王座決定試合”――。
 それこそが彼女が居るべき場所であり、現に過去2年間、この時期に戦っていた大会だからだ。昨年も王座を制し、13連覇という無類の強さを誇っていた大学テニス界の雄。その早稲田が今年は、関東リーグ戦で上位2校に入れずに、優勝はおろか同大会への出場権さえ逃していた。

 「いつかは負ける……記録が途絶えることは分かっていたけれど、それが自分たちの代で起きるなんて……」
 
 あの時のことを思い出すと、今でも彼女の目は潤む。リーグ戦が終わってからしばらくは、テニスの情報に触れるたびに、心に黒いもやが掛かった。

 そのもやを払ってくれたのは、言ってみれば、彼女のテニスの原点だ。
 リーグ戦の約2週間後に行なわれた国体で、下地は沖縄県代表としてコートに立つ。その彼女たちのコーチとしてベンチに座っていたのは、沖縄尚学の平良和己監督だった。
 「いつも話すと、心が落ち着く」というその恩師の助言を耳にすると、高校時代に培った、「頭を使って組み立てるプレー」が蘇る。それは、152cmの小柄な彼女が築き上げてきた、「キツイし難しいけれども、ポイントを取ると嬉しい」テニスだった。
 
 テニスの楽しさを思い出し、今年3年ぶりに戻ってきた浜松オープンで、彼女は予選2試合を勝ち抜き、本戦への切符をつかみとる。その予選初戦で当たったのは、奇しくも早稲田のチームメイトの清水映里。練習試合などでは「いつも接戦になるけれど、最後に競り負ける」という同期のエースに、今回は競り勝って勢いを得た。
 
 ITF大会(国際テニス連盟主催の国際試合)に出場したのは3年ぶりで、シングルスの本戦に勝ち上がったのは、これが初。
 「今はテニスが楽しいから、誰が相手でも楽しみです!」
 
 そう言い初々しい笑みをこぼす彼女が、今大会の期間中に滞在するのも、思い出の“プリオール○○○号室”だ。