■2019年大会注目選手紹介④:田中優季■
この1年で見えるテニス界の景色は、果たして、それまでの7年間と異なるものだろうか――?
1年前のちょうど今頃、彼女はそんな想いを胸に、“ラストイヤー”を歩み始めた。
田中が、プロテニスプレーヤーとしてのキャリアに幕を引こうと決意したのは、昨年10月の全日本選手権時。ところが、所属先(メインスポンサー)である安藤証券の社長に、「もう1年やってみたらどうか」と勧められて心が揺らいだ。
田中は既に引退後は、安藤証券に残り、テニスを中心に様々なスポーツイベントや、アスリートに関わる職に就くことを決めている。
「ならば、そのような視座を持ちつつ、プレーヤーとしてツアーを回ってみたら得られるものがあるのでは?」
それが、社長からの提言だった。
もちろんその提案は、田中にとって魅力的に響いただろう。だが同時に、迷いがなかった訳ではない。
ひとたびコートに立てば、勝ちたいというアスリートとしての本能が、何にも勝るだろうことは予測がつく。とはいえ、1年後に別の道へ進むことが決まっている自分に、果たして、死にものぐるいで勝利を求める他の選手たちと同じコートに立つ資格があるのだろうか……?
それでも悩んだ末に、彼女は“プレーヤーとしての最後の1年”を選び取る。
日本で開催されているテニスの大会を、もっともっと盛り上げたい。テニスにさほど興味が無かった人たちも、会場に気軽に足を運び、心から楽しめるイベントを作りたい――。
心に抱くその新たな夢を実現させるためにも、踏み出した道である。
皮肉なことに……と言うべきか、あるいは必然だろうか、これが最後の1年と定めて以来、自分のテニスに変化が現れたことに田中は自覚的だった。
これまで捕らわれていたランキングなどを気にしない分、テニスに真っ直ぐに向き合える。するとラケットが伸びやかに振り抜けて、攻めるテニスができるようになってきた。それに伴い、結果も残せるようになる。今年5月の久留米開催ITF6万ドル大会では、予選から5連勝で本戦準決勝まで勝ち上がった。
しかし、攻撃的になりつつあるプレースタイルは、田中にある種の問いを突きつけもする。
これらの結果が、プレッシャーから開放されたがゆえに得たものであることは、重々分かっている。ただその変化を受け入れてしまえば、勝利のために全てを捧げ重圧と戦ってきたこれまでの7年間を、否定することになってしまうのではないだろうか?
果たして今のテニスは、本物か? これを正しいとして良いのか?
それが、ここ最近の彼女の胸を圧してきた葛藤だ。
この浜松オープンを含め、プロテニスプレーヤー・田中優季が戦う大会は、残り3つとなっている。葛藤をも、当然のものとして受け入れた感のある今の彼女は、今大会の初戦でも、井上雅相手にしびれる接戦を勝ちきった。
目にした新たな景色を胸に焼き付け、最後の旅路を踏みしめていく。
(ライター 内田暁)