地元から世界へ——浜松ウイメンズオープンの理念を体現した、ある選手の物語

 ここに、2枚の写真がある。

 一枚目は、今から10年前に撮られたもの。写っているのは、決勝戦のボールキッズたちだ。二枚目の写真は、今年の浜松ウイメンズオープン準決勝の模様。セミファイナリストとして戦う松本安莉は、一枚目の写真の右から2番目の少女である。「昔の自分を見ているようでした。ボールが上手くまわせなくて、おどおどしている気持ちも分かります。自分も、あんな感じだったなって。でも近くで試合を見られて、ワクワクもして。すごく刺激になったことも覚えています」
 選手として見る、同じコートに立つボールキッズたちの姿に、彼女は10年前の自分を重ねていた。

 静岡県掛川市に育ち、磐田市のWishテニスクラブに通っていた松本が、浜松市主催の“強化練習会”に参加したのは中学2年生の時だった。強化練習会とは、静岡県西部の少年少女たちを対象に、月に2度ほど行われる合同練習会。もともとは浜松市のカリキュラムとしてスタートしたが、他市からの参加要望者も出たことから、静岡市等も含むエリアまで拡大した。
 この強化練習会を取り仕切るのが、現在浜松ウイメンズオーブンのトーナメントディレクターを務める、青山 剛である。青山氏はディレクターに就任した10年前から、強化練習会参加メンバーを、ボールキッズとして大会に招きはじめた。「練習会とこの大会を、子供たちの目標や強化として一本化する」それが、青山氏の狙いにして願い。今大会での松本安莉のベスト4進出は、その一つの到達点だ。

 現在、島津製作所の社員選手として活動する松本は、実業団で戦うのみならず、ITFツアーにも参戦し世界ランキングも994位につけている。ただ中学生の頃は、テニスクラブ内でも「下の方だった」と回想。「中3で全日本ジュニアに初めて出たんですが、同じクラブの人は、もっと小さい頃から出ていた。周りの子の方が強くて、焦りはすごくありました」焦りを覚えていた中学生時代の松本にとり、強化練習会メンバーに選ばれたことは、自分の可能性を信じる契機になっただろう。「強化練習会は、すごく楽しかったです。みんな強い子ばかりだったし、違うテニスクラブの子が集まるので刺激になって」
 さらには、辻野隆三や高山千尋ら、プロ選手から助言をもらったり直接打ってもらえた興奮は、今も記憶に残っている。「言った方は軽い気持ちだったかもしれませんが、教えてもらった方は良く覚えているんです」10年前を思い出し、松本は懐かしさに笑みを浮かべた。

 高校卒業後「テニスがガッツリできる環境」を求めて山梨学院大学に進んだ松本は、全日本学生室内テニス選手権単複ベスト4などの好戦績を残す。実はその時点で「テニスは大学でやりきって、一般企業に就職する」つもりだった。だが、第一希望の就職先に最終選考で落ちたことが、運命を変える。
 「その会社に入れないなら、テニスを続けたいな」そう思っていたタイミングで、島津製作所から「社員選手が辞めるので、入りませんか?」と声が掛かった。島津製作所のテニスチームは、本来なら、入りたくてもなかなか叶わぬ強豪。しかも社員選手でも、国際大会等に参戦することにも理解を示してくれた。「肩書きが実業団選手かプロかは関係ない。プロ選手にも勝つメンタルでやっていく」その決意を胸に昨年、松本は“島津ブレーカーズ”の一員となった。

 常に視線を上に向ける松本は、今大会べスト4の結果にも、決して満足していない。「行けるところまで行きたい。全日本選手権でも上位に行きたいし、国際大会にもどんどんチャレンジしていきたい。今年は海外に行けなかったんですが、挑戦して、プロにも勝っていきたい気持ちはあります」

 その上昇志向の原点には、10年前の写真の中で戸惑いと希望の色を顔に浮かべる、ボールキッズの少女が居る。