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HAMAMATSU WOMEN'S OPEN / COLUMN / ■2021年大会特別ストーリー:地元から世界へ——。浜松ウイメンズオープンの理念を体現した、ある選手の物語■

■2021年大会特別ストーリー:地元から世界へ——。浜松ウイメンズオープンの理念を体現した、ある選手の物語■

内田 暁

 
 
 
 ここに、2枚の写真がある。
 一枚目は、今から10年前に撮られたもの。写っているのは、決勝戦のボールキッズたちだ。
 二枚目の写真は、今年の浜松ウイメンズオープン準決勝の模様。セミファイナリストとして戦う松本安莉は、一枚目の写真の右から2番目の少女である。
 「昔の自分を見ているようでした。ボールが上手くまわせなくて、おどおどしている気持ちも分かります。自分も、あんな感じだったなって。でも近くで試合を見られて、ワクワクもして。すごく刺激になったことも覚えています」
 選手として見る、同じコートに立つボールキッズたちの姿に、彼女は10年前の自分を重ねていた。
 静岡県掛川市に育ち、磐田市のWishテニスクラブに通っていた松本が、浜松市主催の“強化練習会”に参加したのは中学2年生の時だった。強化練習会とは、静岡県西部の少年少女たちを対象に、月に2度ほど行われる合同練習会。もともとは浜松市のカリキュラムとしてスタートしたが、他市からの参加要望者も出たことから、静岡市等も含むエリアまで拡大した。
 この強化練習会を取り仕切るのが、現在浜松ウイメンズオーブンのトーナメントディレクターを務める、青山剛である。青山氏はディレクターに就任した10年前から、強化練習会参加メンバーを、ボールキッズとして大会に招きはじめた。
 「練習会とこの大会を、子供たちの目標や強化として一本化する」
 それが、青山氏の狙いにして願い。今大会での松本安莉のベスト4進出は、その一つの到達点だ。
 現在、島津製作所の社員選手として活動する松本は、実業団で戦うのみならず、ITFツアーにも参戦し世界ランキングも994位につけている。
 ただ中学生の頃は、テニスクラブ内でも「下の方だった」と回想。
 「中3で全日本ジュニアに初めて出たんですが、同じクラブの人は、もっと小さい頃から出ていた。周りの子の方が強くて、焦りはすごくありました」
 焦りを覚えていた中学生時代の松本にとり、強化練習会メンバーに選ばれたことは、自分の可能性を信じる契機になっただろう。
 「強化練習会は、すごく楽しかったです。みんな強い子ばかりだったし、違うテニスクラブの子が集まるので刺激になって」
 さらには、辻野隆三や高山千尋ら、プロ選手から助言をもらったり直接打ってもらえた興奮は、今も記憶に残っている。
「言った方は軽い気持ちだったかもしれませんが、教えてもらった方は良く覚えているんです」
 10年前を思い出し、松本は懐かしさに笑みを浮かべた。
 高校卒業後、「テニスがガッツリできる環境」を求めて山梨学院大学に進んだ松本は、全日本学生室内テニス選手権単複ベスト4などの好戦績を残す。
 実はその時点で、「テニスは大学でやりきって、一般企業に就職する」つもりだった。だが、第一希望の就職先に最終選考で落ちたことが、運命を変える。
「その会社に入れないなら、テニスを続けたいな」
 そう思っていたタイミングで、島津製作所から「社員選手が辞めるので、入りませんか?」と声が掛かった。
 島津製作所のテニスチームは、本来なら、入りたくてもなかなか叶わぬ強豪。しかも社員選手でも、国際大会等に参戦することにも理解を示してくれた。
 「肩書きが実業団選手かプロかは関係ない。プロ選手にも勝つメンタルでやっていく」
 その決意を胸に昨年、松本は“島津ブレーカーズ”の一員となった。
 常に視線を上に向ける松本は、今大会べスト4の結果にも、決して満足していない。
「行けるところまで行きたい。全日本選手権でも上位に行きたいし、国際大会にもどんどんチャレンジしていきたい。今年は海外に行けなかったんですが、挑戦して、プロにも勝っていきたい気持ちはあります」
 その上昇志向の原点には、10年前の写真の中で戸惑いと希望の色を顔に浮かべる、ボールキッズの少女が居る。

著者

内田 暁
浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター|編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。