国際審判員・辻村美和さん
“ELCレビューオフィシャル”とは?
新たな肩書と共に得た新たなモチベーション

国際審判員、辻村美和さん――。
ITF(国際テニス連盟)が承認する審判員資格“ブロンズバッジ”を有し、ITF大会やWTAツアーでも“椅子に乗る”辻村さんは、近年は“ELCレビューオフィシャル“として、グランドスラムをはじめとする世界の舞台で活躍している。

耳に馴染みが薄い“ELCレビューオフィシャル“の方々が職務に就く姿は、コートに立つ主審や線審とは異なり、人目に触れることはない。その存在すらあまり知られることはなく、だが現代のテニス界には絶対に欠かせぬ”職人“の、仕事内容とは?

文字通りの、“舞台裏”を語って頂いた。

――まずは“ELCレビューオフィシャル”とは、いかなるお仕事か教えてください。

辻村 “ELC”は、“Electronic Line-Calling”の略で、具体的には、“ホークアイ”や“フォックステン”(※1)などの電子ライン判定システムのことです。
 コンピュータや機械を操作するのは専門のオペレーターの方ですが、その方に、どのボールが“チャレンジ ” (※2)の対象になるかなどを指示するのが、レビューオフィシャルの役目になります。
 わたしはこの10年ほど、主審や線審の仕事と、この“ELCレビューオフィシャル”の仕事の両方をやっていたのですが、コロナ禍で日本で試合が無かったこともあり、最近はELCレビューオフィシャルのお仕事が主になってきています。

※1:“ホークアイ”や“フォックステン”は、いずれもコートの周囲に設置されたカメラを用いたライン判定システム。ホークアイは、複数の映像を統合してボールの軌道を三次元のコンピューターグラフィック化し、ボールの落下地点を再現。フォックステンは実際の映像をスロー再生し、インかアウトかを判定する。
※2:“チャレンジ”とは、線審の判定に不服があった場合、選手がElectronic Line-Callingを用いて成否を確認できるルール。

――テニス界にホークアイが導入されたのが、2006年のこと。その頃から、ELCレビューオフィシャルのお仕事を始めたのでしょうか?

辻村 私がこの仕事を始めたのは、2010年が最初だったと思います。ただその頃にはまだ、レビューオフィシャルという肩書は無かったのではと思います。
 全豪オープンで線審として働き始めたのが2004年。予選の1~2回戦や、ジュニアでは主審もしていました。そのうちホークアイが導入され、「ちょっとレビューも何日かやってみない?」と言われたので、線審とマルチタスクでやっていたんですね。
 そうして何年か両方のお仕事を続けていたら、気がついたらELCレビューの公認審判みたいな資格ができていて、そのリストの中に私の名前があったんです(笑)。別にテストを受けた訳でもないし、「こういう役職があるけれど」と聞かれた訳でもない。ただ長く続けていたので、やる気満々みたいに見られたのかもしれません。

――今は、試験などがあるのでしょうか?

辻村 そうだと思います。ホークアイがどの大会にも入るようになり、ちゃんとした資格が必要だねという話になってきましたから。
 私よりも先にこのお仕事をしていた方々は居ましたが、私もELCのレビューオフィシャルとしてはかなり初期メンバーだったのだと思います。全米オープンでも2018年頃からは、レビューオフィシャルとして採用して頂いています。

――ELCレビューオフィシャルは、ある意味、一番人目に触れないお仕事かなとも思います。具体的には試合中、どこでどのように働いているのでしょう?

辻村 初期の頃はコートサイドで仕事をしていたこともあるのですが、今は専用のブースがあり、そこが職場になります。モニターが何台もある部屋で、人間はオペレーターさんとレビューオフィシャルの二人です。
 仕事のやり方は、ホークアイとフォックステンで、少し変わってくるんですね。

 ホークアイの場合は、モニター室のコンピュータ画面に、リアルタイムでボールの落下地点が数字で表示されていきます。最後に落下したボールの表示が1。そして選手が「チャレンジ」をした時に、オペレーターさんに「ナンバー1」「ナンバー2」という風に、チャレンジの対象となるボールの番号を言うんです。
 最後に落下したボールが1なので基本は1番がチャレンジの対象になりますが、際どいボールで選手がボールを打ち返してからチャレンジすると、2番が対象になります。
 時々あるのが、ラケットに当たったボールが真下に落ちて、お手玉みたいに短時間にパンパンと何度かコートにバウンドすること。そうなると「ナンバー4!」みたいになることもあるんです。ですから、モニターから目が離せない。ジーー-っと見ています。しばらく見ていると、ボールも人間もブレて何重にも見えてきたり(笑)。
 そうしてオペレーターさんに番号を指示すると、オペレーターさんがパソコンを作業して映像を出してくれるので、問題なければ「ゴー」と言うと、会場内のモニターにも映像が流されます。

――すべてのラインを見なくてはいけないという意味では、線審よりも大変ですね。

辻村 そうですね。最近は線審を置かず、すべてのラインコールをホークアイなどがやるシステムも増えていますが、その場合もフットフォルトは我々が見なくてはいけないんです。ベースラインの延長線上にカメラがあるので、我々がモニターの前でカメラを切り替え、焦点も自分で合わせながらチェックしています。
 あとは、システムが全てラインコールするとは言っても、音の不具合でアウトのコールがなかったということもありますし、ヒューマンエラーで間違うこともあります。例えばタイブレークでは、デュースサイドとアドサイドのどちらから選手がサーブを打つかというのは、オペレーターさんが選択しているんですね。そこを間違ったら一大事ですから、やはり常にモニターをジーっと見ています(笑)。

――フォックステンの場合は、レビューオフィシャルの仕事はどのように変わってくるのでしょう?

辻村 フォックステンは実際の映像を使って判定するので、選手が「チャレンジ」しそうな雰囲気を察したら、その時点でオペレーターさんに「スタンバイ」と声を掛けます。
 ホークアイの場合は、オペレーターさんにボールのマークを「何番」と指定すればいいので作業も早いのですが、フックステンの場合は、「チャレンジ」直前の何コマもある映像の中から、ライン際の画像を引っ張り出さないといけないんです。ですから前もって言わないと間に合わない。私たちが「スタンバイ」と言うと、オペレーターさんがチャカチャカっとコンピュータを操作してボールが着地する瞬間の画像を探し出し、私達の目の前のモニターに、「こういう画像を流しますよ」というグラフィックを表示してくれます。それを見て、「いや、これおかしいよ、違う場面だよ」みたいなことがないか確認します。時々グラフィックが暗すぎることなどもあるので、そういうチェックも含めてですね。最近はフォックステンの性能も上がったので滅多に問題はありませんが、初期の頃はまだ課題も多かった。そういう時は主審にトランシーバーで連絡し、相談することもありました。
 
――「スタンバイ」とオペレーターさんに指示を出しても、実際に選手が「チャレンジ」しないこともあるのですか?

辻村 はい、しょっちゅうです。その時は「リリース」と言って解除して先に進む。それのくり返しです。

――選手が「チャレンジ」してから、実際に会場内のモニターに動画が流れるまでは短時間。でもその間に、これだけ多くの作業が行われていたのですね。

辻村 そうですね。とは言っても3~4秒ではなかなか終わらないと思いますし、すごく遅い時は10~15秒くらい掛かってしまうこともあるでしょうか。慣れたオペレーターさんですと、こちらが「スタンバイ」と言わなくても準備を始めてくれたりします。
 今年の楽天オープンは、オペレーターさんやスタッフの方も慣れた方ばかりだったので、スムーズにできたと思います。それこそ最初の頃は、フォックステン用のカメラの前に線審の方が立っていて、「すみません、そこには立たないでください」とお願いすることなどもありました。

――最後にお伺いします。ELCレビューオフィシャルのやりがいやモチベーションとは、何でしょうか?

辻村 主審のお仕事をやっていた時は、働く環境レベルを上げていくことで、やっぱりまだまだ上がある、なかなか自分が納得できるレベルに到達しないという気持ちがあり、ずっと続けていました。
 ただ、そろそろ主審も卒業する頃かなと思ったり、それこそ「レフェリーもやらない?」と声を掛けて頂きながらもなかなか重い腰が上がらないなかで、ELCレビューという、これまでと違う仕事を頂きました。するとELCレビューをやることで、グランドスラムやビリージーンキングカップなどで、高いレベルの方たちと働く機会が得られた。レビューオフィシャルの資格があったからこそ、今でもそのレベルの方たちと一緒に仕事ができている。やっぱりそういう人たちと大きな舞台で働けるのは楽しいし、常に新しいことが学べる環境なんですね。
 最近は、単に資格を維持するためだけに仕事を続けるというのは、よろしくないと思っているんです。それでも今なおこうやって続けているのは、やはり新しい分野で、第一線のテニスの職場で仕事ができるということが、大きいからだと思います。

――とても貴重なお話をありがとうございました!