大会が始まると彼は必ず、湖畔の会場へと足を運ぶ。
ハンティング帽に無精ひげ湛え、眼光鋭くコートを見つめる姿は、いかにもアーティスト然とした佇まい。

実際に、彼の両親や姉弟も含めて、みなアート方面の職に就いているという。画家/デザイナーの大澤朗氏は、浜松ウィメンズオープンの“アートディレクター”として腕を振るう、大会に欠かせぬ仕事人だ。

「テニスとは無縁だった」という大澤さんとこの大会を結びつけたのは、浜松市がはぐくむ人と土地の縁である。
もっとも、大会トーナメントディレクターの青山剛氏と先につながっていたのは、大澤さんの配偶者だ。
数十年前の遠い日に、青山氏が地元の祭りを通じて出会った少女。その少女が大人になり、結婚した地元出身のアーティストが、大澤さんだった。

大澤さんと青山氏が実際に会ったのは、居酒屋の席。
話しをしているうちに意気投合し、青山氏は大澤さんに「大会のロゴやポスターをデザインして欲しい」と依頼した。

大澤さんが、木村カエラら国内外のトップアーティストとも仕事を共にする凄腕であることを、青山氏が知ったのは後のことだったという。

アートディレクターという、一般の人にはやや馴染の薄いその言葉の定義とは、いかなるものか?
その問いに大澤さんは、「デザイン等の品質管理をして、全体のイメージを統一していく」役職だと答えた。

具体的な仕事で言えば、大会のロゴマークやキービジュアル、そして大会会場に飾られるバナー等のデザイン。2017年から、大澤さんがそれらを一手に担い、現在の洗練されたスタイルが確立された。

大澤さんが手がけた大会関連の仕事の中で、最も多く人々の目に触れるのが、ポスターや公式ウェイブサイトのトップを飾るキービジュアルだ。

前年優勝者を単体でフィーチャーするデザインも目を引くが、何より斬新なのは、モノクロームの色調。
息を飲む音すら聞こえそうな静寂感漂うビジュアルには、大澤さんの深淵なる意匠が込められている。

「この仕事のお話を頂戴した時に、一度、テニス大会を見させてもらったことがあったんです。
その時、個人がすごくストイックに打ち込んでいるスポーツだなという印象を受けました。一見、華やかに見えますが、心の揺さぶりというか、そういうところを感じたんです。
そういう静かな中で戦っている孤独な戦いの部分に、フォーカスできればと思いました。モノクロを使っているのも、選手たちの、あるいはテニスという競技の持つ孤独性や、内なる戦いやストイックさをイメージしています」。

テニスが人々を魅了する本質を、たった一枚の絵で多角的に表現し、コートの空気感までをも醸成する。それこそが、アートディレクションの力だろう。キービジュアルに用いる写真にしても、大澤さんは懇意にするフォトグラファーに、どのような絵が欲しいかリクエストして撮ってもらう。
今年のキービジュアルを飾る西郷里奈の写真へのこだわりは、「目」。強い意志や緊張感の宿る眼光こそが、大澤さんが求めた一枚だ。

モノクロームの写真と並んでもう一つ、キービジュアル内で、印象的に用いられている色彩がある。それが、オレンジ。実はこの色にも、大澤さんの強い願いが塗りこめられていた。「この大会は(浜松市北区)三ケ日町で開催されています。三ケ日の名産といえば、やっぱり三ケ日みかん。この地を代表する農産物のイメージとリンクできたら良いなというのが、当初の思いです」

浜松市に生まれ育ち、この町を愛する大澤さんにとって、地縁と人の縁は、創造力の源泉でありモチベーションだ。
それは、トーナメントディレクターの青山氏の願いでもあり、大澤さんと二人が共鳴した理由でもある。

「テニスコートは、もちろん僕が踏み込める領域ではないですが、会場のゲートをくぐってからコートまでの演出面などで、貢献できるのではと思っています。
今大会でも、地元の人気のキッチンカーが出店していますし、そういった方たちとのネットワークも広げていきたい。
デザイン面でも、僕以外にも地域のクリエイターがやりたいことを反映できるようにしたいと思うんです。
それぞれの分野で面白い人や物が集まってくれれば、必然的にそこから新しい何かが発生する。この大会のイメージとして、『チャレンジ』もあると思うんです。この大会に出ている選手たちがチャレンジしているように、色んな人が総合的に何かにチャレンジできる大会になれば。だからアート面にしても、既に完成しているものではなく、未完成でこれから発展していくようなデザインにしたい。そういうコンセプトを打ち出していければというのが、理想です」。

テニスという競技の持つ魅力と可能性。地縁の深化と地元の活性化。そして、浜松ウィメンズオープンが有するチャレンジ精神。それらをアートの力で統合し、さらなる活力と未来を創造する ―― それこそが、アートディレクターの職務であり、大澤さんの喜びだ。

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