井上雅/荒川晴菜 6-1,6-4 伊藤さつき/吉川ひかる
勝利の瞬間、涙はなかった。
線審の「アウト」の声に続き、重なる「カモーン!」の叫び。二人は固い抱擁で、頂点の味を……そして二人で戦う、最後の試合の余韻をかみしめた。
今季限りの引退を表明している井上雅にとって、浜松ウィメンズオープンは、現役残り2大会のうちの一つ。ただ、最後に出場する全日本選手権は無観客のため、ファンの拍手を浴びながらの試合は、これが最後だ。
地元の名古屋にも近く、つねに活躍を期してきた「大好きな大会」。ダブルスの決勝戦はその最終日に行われる、大会の掉尾を飾る試合だ。荒川晴菜とペアを組むのは2度目ながら、二人は「会話もプレーもすごく噛み合う」と声をそろえる。
歓喜、安堵、そして感傷——表彰式で井上が口にした「有終の美」の一言には、それら種々の想いが込められていた。
パートナーの荒川にしても、この勝利が持つ意味合いは、単なる国内賞金大会の優勝に留まらない。
シングルスの第1シードとしての重責を、背負い挑んだ今大会。大会運営者が自身のメインスポンサーということもあり、恩返しをしたいとの思いも強い。そしてもちろん、パートナーの井上に有終の美を飾らせたいとも切望していた。
浮遊感ただよう笑みの下に重圧を隠し、彼女は今大会のコートに立っていた。
低い軌道の高速ショットが武器の井上と、トリッキーで技巧派の荒川。プレースタイルは好対照だが、井上曰く、その対比が「自然と相手にとって緩急になっている」。基本的な戦術を立案するのは荒川だが、ここぞという場面で「iフォーメーションで行こう」等と提案し勝負を仕掛けるのは井上。試合するたびに、互いの呼吸も重なっていく。
決勝戦も、第2セットは亜細亜大学ペアの功名なプレーに苦しみながらも、重要な局面での勝負強さで抜け出した。
「カモンの声がハモるようになって、それが凄く嬉しくて動画何度も見返しちゃうんです」
これ以上ないまでに目じりを下げて、荒川が言った。
ダブルス決勝戦の前に引退セレモニーを行い、ダブルス優勝後は、写真撮影やサインの求めにいつまでも応じていた井上。
「最後に多くの方が応援に来てくださり、このような場を用意して下さった(トナーメントディレクターの)青山さんたちに感謝しかないです」
シーズン終盤ということもあり、これまで単複ともにこの大会の優勝はなかった井上。
最後の最後に手にした栄冠に、「コロナ禍のなか、こんな形でフィナーレを迎えられるのは、わたしにとって奇跡です」と笑顔を輝かせた。