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HAMAMATSU WOMEN'S OPEN / COLUMN / ■2021年大会ダブルスFINALレポート:井上雅/荒川晴菜 6-1,6-4 伊藤さつき/吉川ひかる■

■2021年大会ダブルスFINALレポート:井上雅/荒川晴菜 6-1,6-4 伊藤さつき/吉川ひかる■

内田 暁

 
 勝利の瞬間、涙はなかった。
 線審の「アウト」の声に続き、重なる「カモーン!」の叫び。二人は固い抱擁で、頂点の味を……そして二人で戦う、最後の試合の余韻をかみしめた。
 今季限りの引退を表明している井上雅にとって、浜松ウィメンズオープンは、現役残り2大会のうちの一つ。ただ、最後に出場する全日本選手権は無観客のため、ファンの拍手を浴びながらの試合は、これが最後だ。
 地元の名古屋にも近く、つねに活躍を期してきた「大好きな大会」。ダブルスの決勝戦はその最終日に行われる、大会の掉尾を飾る試合だ。荒川晴菜とペアを組むのは2度目ながら、二人は「会話もプレーもすごく噛み合う」と声をそろえる。
 歓喜、安堵、そして感傷——表彰式で井上が口にした「有終の美」の一言には、それら種々の想いが込められていた。
 パートナーの荒川にしても、この勝利が持つ意味合いは、単なる国内賞金大会の優勝に留まらない。
 シングルスの第1シードとしての重責を、背負い挑んだ今大会。大会運営者が自身のメインスポンサーということもあり、恩返しをしたいとの思いも強い。そしてもちろん、パートナーの井上に有終の美を飾らせたいとも切望していた。
 浮遊感ただよう笑みの下に重圧を隠し、彼女は今大会のコートに立っていた。
 低い軌道の高速ショットが武器の井上と、トリッキーで技巧派の荒川。プレースタイルは好対照だが、井上曰く、その対比が「自然と相手にとって緩急になっている」。基本的な戦術を立案するのは荒川だが、ここぞという場面で「iフォーメーションで行こう」等と提案し勝負を仕掛けるのは井上。試合するたびに、互いの呼吸も重なっていく。
 決勝戦も、第2セットは亜細亜大学ペアの功名なプレーに苦しみながらも、重要な局面での勝負強さで抜け出した。
「カモンの声がハモるようになって、それが凄く嬉しくて動画何度も見返しちゃうんです」
 これ以上ないまでに目じりを下げて、荒川が言った。
 ダブルス決勝戦の前に引退セレモニーを行い、ダブルス優勝後は、写真撮影やサインの求めにいつまでも応じていた井上。
 「最後に多くの方が応援に来てくださり、このような場を用意して下さった(トナーメントディレクターの)青山さんたちに感謝しかないです」
 シーズン終盤ということもあり、これまで単複ともにこの大会の優勝はなかった井上。
最後の最後に手にした栄冠に、「コロナ禍のなか、こんな形でフィナーレを迎えられるのは、わたしにとって奇跡です」と笑顔を輝かせた。

著者

内田 暁
浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター|編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。