西郷里奈 6-1,6-1 輿石亜佑美

    枝葉がこすれる擦過音が絶えず鳴り響き、大会カラーのオレンジ色のバナーが、ひきちぎれんばかりにはためく。
 湖畔特有の強風が、容赦なくコート上を吹き抜ける決勝戦。肌に触れる空気も、前日までと打って変わって冷たい。

 いつもと異なる、気温と風。

 もっとも西郷里奈にとって、この日は既に“いつもと異なる”ことが確定していた。10月17日は、21歳の誕生日。今大会の予定を見た時から、「誕生日に決勝戦で戦いたい」と狙いを定めていた日だ。

 はたして迎えた決勝戦は、否が応にも、特別な日を意識せざるを得ない。朝から携帯電話には、「お誕生日おめでとう」「決勝戦、がんばってね」のメッセージが次々に届く。
 「誕生日のことは考えないようにしよう。いつもと同じように過ごそう」
 前夜からそう自分に言い聞かせていた彼女にとって、強風も肌寒さも、さほど大きな問題ではなかったかもしれない。
 試合開始前のコイントスに勝った西郷は、いつものように迷わずリターンを選ぶ。
 相手の輿石が、サーブを得手としていることは重々承知。それでも西郷の頭にあったのは、「相手のプレーよりも、自分のテニスを貫く」という決意。
 「気持ちを強く持つ。前でボールをとらえて攻める」
 それが今大会、1セットも落とさず決勝まで勝ち上がった彼女のテニスだ。

 一方の輿石は、朝から、風の強さが気になっていた。もちろん、条件は両者とも同じだ。ただ、サーブを武器とする輿石にとり、強風はプレーの根幹を揺るがしかねない。前日までと大きく異なる気象状況に気をもんだのは、絶好調で今大会に乗り込んできた、第2シードの方だっただろう。

 両者の心の持ち様は、そのまま試合展開にも映し出される。高いトスをやりなおす輿石のサーブを、西郷はボールに飛びつくように打ち返した。第3ゲームでブレークすると、続くゲームをキープ。 

 試合の流れを決定づけたのは、第5ゲームだったろう。最初のポイントで、西郷がバックの逆クロスリターンウイナーを叩き込む。この一打が心にひっかかったか、輿石がファーストサーブに苦しみだした。窮状を打破すべく、輿石はネットプレーやドロップショットで揺さぶりをかけるが、そのたびに西郷は、パッシングショット等で答えを示す。このゲームもブレークした西郷が、6ゲーム連取で第1セットを取った。

 第2セットも、まるで第1セットをリプレーするかのような展開に。ボールパーソンが入り、テンポよくなった試合運びも、西郷のテニスのリズムと合致したかもしれない。

 「気持ちで負けなかった」
 西郷が試合後に改めて口にすれば、輿石が「今日は私の日ではなかった。西郷さんが素晴らしかった」と認める。6-1のスコアを二つ並べた、バースデーガールの戴冠だった。

 ともにセットを落とさず完勝続きで決勝の舞台まで勝ち上がった西郷と輿石だが、異なる結末を持ち帰らざるをえないのは、勝負の世界の必然だ。
 ただそれでも、二人が共有する思いがある。
 それは、「ここは通過点」だということ。
 この夏以降、強化されたサーブを主軸に連勝街道を走ってきた輿石は、「もっとサーブでもスピンを使うなど球種を混ぜればよかった」との反省点を口にする。「目標は世界」と明言し、今後一層多くの土地、異なる環境で試合を重ねるだろう彼女にとって、今日の試合は良き試金石となったはずだ。

 一方の西郷は、「正直に言うと、一番嬉しいのは賞金」と安どの表情を見せる。世界ランキングポイントを得るため、一つでも多く国際大会に出たい彼女にとって、今大会で得た賞金は、海外遠征に欠かせぬ軍資金になる。

 今大会はコロナ禍のため、国内の賞金大会となった浜松ウィメンズオープン。
 一年後には、再び国際大会としての開催となることを、そして、その時にはこの二人のみならず、今大会に参加した多くの選手たちが成長した姿を見せてくれることを、今から願わずにはいられない。

[wpv-view name="relative-columns"]