子どもたちの発想力を引き出し、世界へ続く順路へと導く! 浜松市が試みる、ジュニア選手の育成・強化のモデルケース

 世界を知るプロ選手たちが、コートを駆けるジュニア選手たちの姿に、じっと視線を向けていた――。

 16歳からプロツアーに参戦している、現在21歳の荒川晴菜。早稲田大学卒業後にプロ転向し、今年4月にツアー選手としてのキャリアに終止符を打った吉冨愛子。そして、コーチとして森上亜希子らのツアー帯同経験を持ち、現在も明治大学テニス部コーチや解説者として活躍する、佐藤武文。

 三者が送る視線の先に居るのは、静岡西部のトップジュニアたち。下は11歳から上は14歳の男女計20名が定期的に集い、腕を磨く“浜松市テニス協会強化練習会”の参加者だ。毎回、現役選手や経験豊富なコーチを招き行われているこの強化練習会で、去る12月の会に招かれたのが前述の三名。それら慧眼の持ち主を前にして、ジュニア選手たちは、総当たり形式でポイント練習を行っていた。ジュニアたちが共通して抱える課題や強化すべき点を、まずは三名にチェックしてもらうためだ。

 ベンチに腰掛け男子の試合を見ていた吉冨は、眼光は鋭いながらも、口元には柔らかな笑みを浮かべていた。「子どもたちって、発想がすごく自由だなって」もちろん「自由」な発想のなかには、成功確率や勝敗だけを問えば、非効率的なものもある。それでも色んなことを試しながら、子どもたちは、何が効果的かを自ら学ぶ。そのようなプロセスも必要なのだろうと、吉冨は言った。一方で、女子選手たちを見た時に気になったのは、リターンの時のポジショニング等だという。「相手のファーストサーブとセカンドサーブで、構えている場所が変わらない。セカンドサーブの時は中に入るとか、考えながらリターンをしていかないと……」それが吉冨の目に映った、女子の試合に共通する課題だった。

 やがて、総当たりのポイント練習も終盤に差し掛かった頃、三者が集まり意見交換を始めた。「何か気になったことあった?」答えを促す佐藤に、荒川が「女子のリターンのポジションが…」と応じる。「あ、私もそれ」と吉冨が加われば、佐藤も「やっぱりそこだよね!」と同調した。かくして三者の意見は、ほぼ同じ収束点に向かっていく。そして彼らが見出した課題改善のための、練習メニューも組まれていった。女子は、セカンドサーブを想定したリターン練習。男子は、ネットに出るタイミングを見極める能力を養うべく、攻撃者と守備者を定めたミニゲーム。練習の際にはゲストコーチたちもコートに立ち、適宜助言を与えていった。それら男女別の中でも興味深いのは、やはり、三者の意見が一致した女子のリターン練習だ。荒川、吉冨の両者がリターンポジションについて助言し、ジュニア選手たちはその言葉に倣い練習をはじめる。ほどなくすると、吉冨らは練習を止めて選手を集め、ラケットを手にさらなる助言を与えていった。「相手のサーブの特徴を見た上で、自分のポジションを考えてみて。相手のサーブのコースがこの範囲に限られるなら、ここまで踏み込んでも大丈夫でしょ?」そうして練習を再開した時、ジュニアたちの動きに、明らかな変化が生まれ始めた。鋭く踏み込み、リターンでウイナーを奪う選手が増えてくる。そのうち、リターンと同時にネットに出てボレーを試みる選手、あるいは、スライスでリターンを打ち、ネット際に落としてみせる選手も現れだした。

 考え方のコツなど一つのきっかけを与えれると、それがトリガーとなり、新たなアイディアやプレーが生まれ、そして周囲の選手たちにも伝播していく――。それこそが、子どもの特権である“自由な発想力”であり、複数の年代の選手が集う練習会ならではの相乗効果だろう。そしてジュニア選手たちが進む先には、世界への橋頭堡として、ITF(国際テニス連盟)公認の国際大会“浜松ウインメンズオープン”も用意されている。「強化練習会の卒業生の中から、浜松オープン優勝者が出たら、感無量だよな」選手たちの姿を見ながら、佐藤がしみじみと口にした。

 佐藤のこの言葉こそが、練習会に携わる人々の悲願であり、育成・強化のあるべき姿だろう。

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