コラム

HAMAMATSU WOMEN'S OPEN / COLUMN / 2018注目選手|澤柳璃子

2018注目選手|澤柳璃子

内田 暁

2018年大会注目選手紹介⑤:澤柳璃子

表情が、とても明るい。
笑顔が絶えず、遠くからでも、彼女の快活な笑い声が聞こえてくるようだった。
それはこれまでの、クールで、ともすると他を寄せ付けない緊張感をまとっていた彼女の印象とは、まるでかけ離れたものである。

澤柳璃子に関しては、この半年ほど、ある噂が流れていた。
そのことを本人に確かめるべく「単刀直入に聞きますが……」と前置きをすると、彼女は既に顔中に笑みを広げながら、「何聞かれるか、なんとなく分かってるけど……どこまで話せるかな~」と、いたずらっぽい声を上げる。

テニスをやめる、もしくは既にやめたらしい――。

 噂の内容とは、そのようなものだった。

24歳の誕生日を1週間後に控える澤柳は、10代半ばから将来を嘱望され、ナショナルのジュニア強化選手に常に選出される、いわばエリートだった。ちなみに当時の強化メンバーには、今年の全仏オープンダブルス準優勝者の穂積絵莉と二宮真琴や、先月の東レパンパシフィックダブルスを制した加藤未唯らが名を連ねる。個性的で才能豊かな人材の揃う世代であり、その中でも澤柳は、大きな期待を寄せられる存在だった。

そんな彼女にとってテニスとは、やる以上は人生をかけて戦い、頂点を目指すべき場所である。だがここ数年、思うように成績を伸ばせない。ランキングも200位前後に留まる時期が数年続いた。
ここが勝負どころだと昨夏に覚悟を固め、今年1月には、中国でのトッププレーヤーたちとの合宿に参加し自分を追い込む。

「それでも……もちろん直ぐに結果が出ると思っていた訳ではないけれど、2月もあまり勝てなかったので、自分のなかでは、厳しいのかなと思いはじめて」

プロとしてやる以上は、真にトップを目指してトレーニングや練習に向き合うのが、澤柳の理念。それができないのであれば続けるべきではない、それではサポートしてくれる方たちにも失礼にあたる――そんな思いもあり、今年3月末の時点で全てのスポンサーに挨拶に出向き、契約更新の意図がないことを伝えた。結果的には、複数のスポンサーが引き続きのサポートを申し出てくれたが……つまりはそれらが、「引退」の噂の真相だった。

現在の澤柳は、千葉県の麗澤高校男子テニス部を指導しながら、自身も練習とトレーニングを行っている。新たな環境に身を置き、異なる視座でテニスを俯瞰した時、自分自身をも客観的に見られることに気づき始めた。
現時点での目標は、10月末開催の全日本選手権。その後のことは、まだ何も決めていない。
「もしもう一度、トップを目指す心境でトレーニングや練習に向きあえれば、また1からトライしたい」
それが、今の偽らざる心境のようだ。

今回、話を聞いている間にも明るい笑い声をあげ、時折冗談も飛ばす澤柳の笑顔を見ながら、思い出すことがあった。彼女の同期の選手たちが、「ジュニア時代、私たちの中で一番テンションが高かったのが璃子」だと、口を揃えていたことである。

「これがホントの私なんですよ、たぶん。この3~4年、ちょっと自分を抑えながらやっていたところもあって。でも本当の自分は何でも楽しんで、常に笑っている感じのスタイルでした。それを今やったら、私自身も楽しいし、しんどくない。だからまた、このスタイルでやってみようかなと思って」。

そうしたらテニスにも、色々と違う気持ちで向き合えるかな……と――。

そう言い彼女は、また快活に笑った。

著者

内田 暁
浜松ウイメンズオープンオフィシャルライター|編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)などがある。