阿部を戸惑わせた、「プロ」であるがゆえのペアと戦術


「プロになってからは、内容も気になるけど、やっぱり勝つことの方が大事だと思うようになった。なので、優勝できたことが嬉しいです」

 ダブルス優勝が「嬉しい」理由の内訳を、彼女はそう分析した。阿部宏美の口からそのような言葉が聞けたことは、少しばかりの驚きでもある。なぜなら、彼女ほど「結果」以上に「内容」を重視し、辛口な評価を自身に与える選手は、他になかなか思いつかないからだ。

 阿部がプロとなったのは、今年4月。個人・団体を含めたあらゆる学生タイトルを取り尽くし、筑波大学卒業と同時に新たな世界へと足を踏み入れた。

 ただ昨年11月から今年の8月まで、彼女は公式戦に出ていない。肩と足にケガを抱え、治療とリハビリに”プロ1年目“の大半を費やした。

 周囲は、「ゆっくり戻ってくれば良いよ」と、彼女に優しく声を掛ける。だが無機質に流れる時の中で、焦りを抑えるのは簡単ではない。

「ケガで試合に出られなかった分、ランキングも落ちている。(スポンサーに)サポートしてもらっているのに、申し訳ない気持ちが結構あって。やっぱり焦りもあったので、どんな形でも、結果を出せたのは嬉しい」

 阿部は改めて、2大会連続優勝となる、浜松での戴冠の喜びを口にした。

「プロ」という肩書は、テニスに対する自覚や覚悟を、必然的に変えていく。同時に戦う相手も、そしてダブルスパートナーもプロとなり、その環境が、確立してきた”テニスのセオリー“の変化を彼女に求めもした。

 今回、阿部が組んだ川口夏実は、サーブとフォアの強打が武器のサウスポー。盛田正明テニスファンドの支援を受け、十代後半を米国フロリダ州で過ごすなど、日本の枠には収まらぬスケール感の持ち主でもある。

 その川口の爆発力が、組んだ当初は、阿部を戸惑わせた。

「私は学生テニスでやっていたので、あんなにビッグサーバーで、後ろでバンバン打てるプレーヤーと組んだことがなかった。なので最初は、前での動き方なども、どうしたら良いのかちょっと分からなくて……」

 特に阿部が「自信がなかった」と打ち明けるのは、自身が後衛の時。学生テニスでは、ロブを上げ陣形を崩すのが定石とされる場面でも、プロの選手は打ってくる。逆に自分がロブを上げても、巧みに処理され狙い通りにはいかない。

 ようやく自分のやるべきことが見えてきたのは、2回戦以降。

「私が普通に打っていても、夏実ちゃんがバーンと打ってくれるので、自然と緩急がつく」

 そう割り切り、自分の得意なポイントパターンを増やすことをまずは目指す。無理して“ポイントを作る”ことを考えすぎるより、「打ち合い、徐々に相手の調子が悪くなってくれれば良いな…くらいの感じ」に徹し、あとはパートナーの感性と攻撃力を信じた。

川口が覚えた、好結果への予感 

「自分は一回戦から、これ、けっこう良いところまで行けるのでは、と思ってました」

 阿部が抱えた不安を知ってか知らずか、川口はあっけらかんと、初結成ペアに手ごたえを覚えていたと明かす。

「阿部ちゃんが大学でやっていたテニスは、逆に相手にしてみたら慣れてなくて嫌かもしれない。なにより阿部ちゃんは足があるから、普通なら決められるボールでも拾ってくれるので、本当にラリーが続く。しかも悪い体勢からでも、すごいところに打っていく。その一本で流れが変えられるので、そこには本当に助けられました」

 早々に抱いたパートナーへの信頼と予感に明確な輪郭が描かれたのは、2回戦で勝利した時。対戦相手は、第1シードの清水綾乃/小堀桃子だった。

「何度もパートナーを組んで優勝もしている、強い二人。ただ私は、両方の選手と遠征先などでたくさん練習をしていたので、どうやってくるかは分かっていた。なので相手というよりも、自分たちが噛み合うかを重視していたんです。そこでいい形で勝てたことが、今につながるスタートだったかなと」

 年齢では阿部の3歳年少の川口だが、プロのキャリアでは大きく上回る。その川口の自信と、阿部の試行錯誤が重なり合ったのが、決勝戦だろう。

 二人が決勝で対峙した荒川晴菜/伊藤あおいは、昨年の優勝ペア。高い戦術理解度と天与の感性の融合が、規格外の創造性を生む。

そんなダブルス巧者相手に、第1セットは川口曰く、「何をしてくるか分からず、丁寧に行き過ぎて」阿部/川口があっさり失う。

 そこで第2セットは、「攻撃に行こうと思った」と二人は声を揃えた。展開としては一進一退の攻防ながら、川口はゲームカウント4-4の時点で「取れる」と確信に近い自信を覚えていたという。

「相手のサーブでしたが、このゲーム、取れそうだなと思っていて。サーブで崩し荒川さんが前で決めるのが相手の得意なパターンですが、リターンさえ通せば、後は阿部ちゃんが走ってくれるし、自分も来たボールを決められるようになっていた。変な余裕がありました」

 その「変な余裕」は、阿部にも伝播しただろうか。阿部がストレートにリターンウイナーを叩き込めば、川口が豪快なスウィングボレーで続く。このゲームをブレークし、第2セットを奪った時、試合の趨勢は決した。

「10ポイントタイブレークは、先手必勝。自分を乗せるためにも、思い切って打った」と阿部が言えば、「サーブの調子もどんどん上がってきたし、やっと乗れたかな」と川口が不敵に笑う。最後は互いの意志が重なり、二人は肩を並べるように勝利へと駆け込んだ。

 川口にとってダブルスのタイトルは、プロツアーを周り始めたばかりの、16歳の時以来。

 一方、2週連続優勝の阿部にとって、タイトル獲得の大会が浜松であったことは大きな意味を持つ。彼女がこの大会に初めて出たのは、高校3年生だった5年前。その時に出会った人々との縁が、彼女をプロの道へといざなった。

 キャリアの異なる地点に立つ二人は、いずれも意義ある足跡を浜松の地に刻む。

 あるいは後に振り返った時、ここが各々の、キャリアのターニングポイントになっているかもしれない。